年齢が追うにつれて、新しいことを始めるということはとても腰が重く、勇気の要ることですよね。
特に、50も過ぎると人に頭を下げることも少なくなってきたように思います。

今日は、友人の選挙活動のお手伝いから感じた自己否定という感情と事実の相違について書いてみたいと思います。

選挙活動のビラ配り

友人を応援すべく、休日、選挙活動のお手伝いに行ってきました。
私は、街頭演説のビラ配りや電話の対応にボランティアスタッフという立場です。

ビラ配りをしてくださいと、パンフレットを渡され知らない人に
「どうぞよろしくお願いします」
と言って頭を下げる事は、私にとって、とても勇気のいる事でした。
確か、学生時代にクラブの勧誘などでやって以来です。笑

私が、ただの通行人という立場だったらこのビラ渡されたらどう思うだろう?
急いでいたりすると、「鬱陶しいなぁ」と言う気持ちでそそくさと通り過ぎるに違いありません。

ですが、今日は反対の立場です。

「どうぞ、よろしくお願いいたします」と頭を下げながらビラを配る瞬間、めちゃくちゃドキドキしました。

また、受け取ってもらえない時は少しショックでしたし、なぜこんなことやってるんだろう?と情けなく感じた瞬間もありました。

しかし、立候補者が1人ずつに対して頭を下げてお願いしている姿を見て、友人の候補者が頑張ってるんだから、応援しなくっちゃ!と言う気持ちになり感情を切り替えたのです。

事実と感情は切り分ける

パンフレットを受け取ってもらえない時、情けなくなる感情を、どうやって切り替えればいいんだろうかとビラを配りながら考えていました。

今回の目的は、ビラを配って有権者の方に少しでも知ってもらうという事です。

パンフレットを受け取ってもらえない事実は私を否定されたわけではなく、受け取とる、取らないには自由選択の自由があると言う事。
そして、受け取る側には、選択の自由があるので、渡した側はそれを認めると言う事。

単純にそれだけなので、受けとって貰えなかった時は自分を否定されたこととは違うと、何度も自分の心の中で言い聞かせました。

ゲーム感覚で挑む

次に、機械のように渡すことに慣れてきた私は、単純に渡すだけでは受け取ってもらえないというのを学習しました。

まさしく、人間がITを超えることのできる領域です。

しばらくすると、どうやったら受け取ってもらえるんだろう?と考え始めました。
まるで、ゲームの攻略作戦のようなものです。

優しそうに見えたご婦人でも、受け取ってもらえない人もいますし、なんだか怖そうなおじさんでも、にっこり笑って差し出せば、受け取ってくれるという場面にもでくわしました。

たった1日だったので詳しくは分析は出来ませんでしたが、渡す方にもタイミングや、その時のシュチュエーションで、その場その場に応じて臨機応変に変えていくというのがとても勉強になったと思います。

また、受け取って貰わなくても、それは相手の事情なのですが、相手の感情を損なわない限り、感情に良い印象を届けることも出来るという事でした。

頭を下げると言うこと

50代にもなると、大概は年下の方とのお付き合いの方が多くなってきます。

目上の方も年齢が高くなるにつれ、気持ちのゆとりがあるせいか、私に対して叱ると言うことも少なくなってきました。
なので、頭を下げるということが、少なくなってきたように感じます。

しかし、今日ばかりは稲穂のように頭を下げチラシを配ったり電話の対応をしていましたから、若かりし頃の自分を思い出しました。
正しく、新しい自分に出会えた瞬間でもありました。

そして、事実と感情を切り分けるってこういう事だったんだと体感できて、とても良い経験になりました。

『しあわせは満ちていく』をテーマに、新しい自分を見つけるプロセスを発信し、あなたを応援します♪

では、また!!

この記事を書いた人

michann

michann

家族 主人、子供3人
仕事 農業 花と野菜

特異な事

ホトリーダ(本が早く読めます)
親指シフトユーザー(仮免 )
生花講師(ペーパードライバー)
英語(出来ないけど、会話を根性でできます)
株(億ション目指してがんばりま〜す!ヘックッション)

美を追求してすっかり迷宮入り、たまるものはレシートと脂肪。早く脂肪届け役場に渡さないと雪だるまになりそうです。

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