お年寄りを抱えているご家族様は、介護費用や葬儀費用の心配が心の片隅にある、というのは過言ではありません。

私もそうでしたが、先日、祖母を見送って感じたことは、お金はあるべき時に、あるべき形で降ってくるということです。
では、その体験とは、、、



心の隅にある不安

祖母94歳が亡くなってから1週間が経ちました。本当に大往生で亡くなりましたから、寂しくなったとは言え、ここまで支えていただいた祖母には感謝しかありません。

無事葬儀が終えてほっとしていますが、生前中は祖母の介護といつか死を迎えるという不安、葬儀には結構なお金が必要であると言う不安が付きまとっていました。

人は誰しも老い、死ぬということ

若い時はそれほど深く考えていませんが、80歳を超える家族を持つといつかは、、、と近い将来のことが頭の中で時折よぎっていました。

我が家でも、葬儀費用ではありませんが、緊急を要するお金というのは多少なりとも貯蓄していました。
しかし、昨今は娘の大学受験や子供の結婚に出費がかさみ、お金に対する不安は少しづつ増していったのです。

葬儀を派手にするわけではありませんが、いざお葬式をするとなるとお付き合いに応じて、一時的に何百万単位のお金が必要になってきます。

少なからずとも、高齢の年寄りを持つ家族としてはこの不安を持たれる方も多いと思います。

そして、私の心の中に、不安を伴っていたのは事実です。

祖母の葬儀を終えて

しかし、実際に葬儀を終えて、皆様のご好意によって頂いた香典を葬儀費用として当て込んでみると心配していた以上に、お金はうまくいったのです。

これを取り越し苦労と言うのでしょうか?

結果的にうまくいったのであれば、初めから、結果的にうまくいくと思った方がより過ごしやすかったのではないかと思っています。

不安は不安を呼ぶ

うまくいったんだからそう言えるんじゃない?と思われる方もいらっしゃいますが、私の心の中は、いつもこのような小さな不安が心の中でざわざわしていたのです。

このざわめきが、毎日の生活に歪みや不安感を与え、1日1日を過ごしていたのかもしれないと感じています。

私は葬儀を終えて、今までの心の片隅にあった不安は何だったんだろうか?

もしかしたら取り越し苦労?

心の中のマイナスイメージをどこかに抱えて、ここ6年を過ごしていた事は間違いありません。

しかし、よく考えてみると私の頭の中の1%でもこのような不安が毎日続いていたかと思うと、どれだけ残念な月日を過ごしていたんでしょうか。

仮に、毎日5秒、そのことが頭によぎったとします。

5× 365日× 6年=10950秒

すなわち、6年間の間で3時間、ずっと悩み続けていたと言うことになります。

このように、いらぬ心配をしてしまって、自分の大事な時間を犠牲にしたり、その心配がまた輪をかけて不安を呼んでくることもあるのです。



まとめ

お金はあるべき時に、あるべき形で降ってくるという意味は、何もせずに散財しても大丈夫ということではなく、その時、その時に応じて適切な蓄えは必要かと思いますが、それと、心の中の不安とは全く別なものなのです。

すなわち、行動は、適切な貯えはする。心は、お金は必要な時に必要な分だけ降ってくると考えて、マイナス要素を呼び込まないということです。

今取り組める最善の方法に集中して、1日1日楽しく過ごしていったほうが、より豊かな人生になると、葬儀後しみじみ感じています。

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この記事を書いた人

michann

michann

家族 主人、子供3人
仕事 農業 花と野菜

特異な事

ホトリーダ(本が早く読めます)
親指シフトユーザー(仮免 )
生花講師(ペーパードライバー)
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美を追求してすっかり迷宮入り、たまるものはレシートと脂肪。早く脂肪届け役場に渡さないと雪だるまになりそうです。

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