子育ても一段落して、さ〜これからだ‼︎と思っていたら…今度は、自分や両親がなんやらおかしい?
もしかして…これが世間で言う、認知症?
まさか〜?!
事実を受け入れられずに、そのまま放置。
状態は悪化の道をたどり、家族間がギクシャク。
病気なのに、お互いに認めたくないからイライラが募る。
不安とイライラが交差する毎日、もし、少しでもこんな不安を解消することができるなら…
先日、言語聴覚士の西村紀子さんとケアマネージャーの蜷川新吾さんに、お越しいただいて、地域での勉強会を開催しました。
西村紀子さんのブログ
蜷川新吾さんの動画 YouTube
漠然とした悩み
物忘れ?それとも認知症?
初期の段階では、物忘れなのか?認知症なのか?わからないまま、過ごしていることが多いようです。
それでも、日常生活は滞りなくできますので、本人としては隠しておきたいのが本心ですね。
「いゃ〜、気のせいだわ」と思っていたことも、しばしば起こると不安になってきます。
また、家族に心配させてはいけないので、やはり、ちょっとしたことなら、隠してしまいますし、家族から面と向かって言われると、「わしをバカにして〜!」と、反対にイラっとくることも多々あるようです。
そして、そんなこんなが続くと、漠然と、自分はこれからどうなっていくんだろうか?という悩みが湧いてくるのです。
でも、年配になればなるほど、認知症に関しての情報はとても届かなくなり、不安が負の連鎖となり、「わしゃ〜もうあかんわ。自身がない…。出来ひん…」と閉鎖的になり、社会から取り残されていくのです。
過疎化が進む田舎だからこそ、大切にしたいもの
わたしの地域は40軒ほどの集落から成っています。
大多数の方は、家族で住んでいるのですが、それでも、なんらかの事情で、一人で住まわざるおえない方もいらっしゃいます。
概ね、新興住宅地ではないので、新しい人が出入りするはずもなく、昔から知っている方達ばかりです。
そこで、10年ほど前から、「いきいきクラブ」「おしゃべり会」などが結成されました。
これは、有志のボランティアの方達が作られた活動で、約70歳ぐらいを対象として、1〜2カ月に一回ほど集まってワイワイおしゃべりをすることで、地域への参加を促すことを目的としていらっしゃいます。
何を隠そう、うちのおば〜ちゃんも老人ホームに入るまでは、このおしゃべり会をとても楽しみにしておりました。
このように、自発的な活動を通して、地域がイキイキ住みやすい町作りを目指しているのです。
今回、ケアマネージャーの蜷川さんや西村さんにお話をお伺いして、更に、この活動がとても意義があることだと思いました。
なぜなら、お二人が、口を揃えておっしゃるのですが、講座にみなさんが参加し、3時間ほど話を聞くのには、とても体力がいるのです。
しかしながら、皆さんハツラツとしていらっしゃり、都会に比べて10歳ぐらい若い感じを受けたらしいです。
社会参加の意義
私たちは、社会参加といえば、選挙活動や公的な活動と思われがちですが、このような小さな取り組みが、認知症や寝たきりを防ぎ、イキイキ暮らせることではないでしょうか。
例えば、子供は子供たちのできること、おばあちゃん、おじいちゃんのできることは、無限にあります。
孫の面倒、登下校の見守り、あいさつ、料理、どれをとっても、今すぐにでも出来ることです。
講師の西村さんは、
「小さなことで構いません、社会参加をすることで、社会と繋がる。
そうすれば、認知症の進行を予防することができるのです」と。
私たちにできることから少しづつ始めていくことで、広がっていく影響の輪があります。
いずれ、起こるかもしれない認知症の不安、心配よりは、正しい情報を常に知って、その上でできることからはじめる。
また、社会参加をしながら、イキイキと過ごすことが生きる意味なのかもしれません。
謝辞
遠方に関わらずお越し頂き、お二人の講師の先生方には大変お世話になりました。
ネット社会が氾濫し、情報があふれている世の中で、その情報にも触れることができない、高齢者にとって、また、地域住民にとって、医療の本質を語っていただきました。
お薬や介護に頼る前に、私たちができることから始めるのは、本当に大切なことだと思います。
この場をお借りして御礼申し上げます。