南米旅行は景色が素晴らしく、私が行った海外旅行の中でも3本の指に入るほどの絶景でした。
しかし、還暦を迎えた私にとって、今後また行きたいと思うかどうか?という質問には疑問が残るほど辛かったのが、標高3000m以上に及ぶ地域(クスコ、ラパス、ウユニ塩湖)での息苦しさでした。
今日はそのことについて書いてみたいと思います。
3日目にして、ようやく旅が始まりました
南米の玄関口リマを後にした私たちは、飛行機で一路1時間半かけてクスコに到着しました。
日本を飛び立ってから3日目で、ようやく観光がスタートしたといった感じです。
クスコの空港はコンパクトで人もさほど多くありません。
昨夜のリマ空港で浴びるような勢いのタクシーの客引きもなく、なんとなく落ち着いた感じです。
着陸した直後はさほど違和感を感じなかったのですが、ここは標高3200メートルと富士山の8合目あたりに急に降り立っったようなものです。とにかくゆっくりと移動するよう心掛けました。
ホテルのシャトルバスサービスを利用し、空港から10分ほどでクスコの中心街観光地へと入っていきます。
途中、屋根が天井板だけでまだ建設途中であったり、十分に整備されていない道路や建物を見ながら発展途上国なのだなぁと実感できました。
しかしながら、さすがに街の中心街に入ってくると観光化されており、至るところにレストラン、土産物屋、旅行会社、銀行などが点在していました。クスコの中心街は、ヨーロッパ中世を思わせるレンガ造りの石畳や建物がとても魅力的です。
今日から、クスコ市内で2泊してマチュピチュにて1泊、帰ってきたらまた1泊するホテルです。
チェックインを済ませ部屋に入ると少し安心したのか、それとも高山病のためか、ベッドで少し横になっていました。
標高が急に高くなるので、この日はなんの予定も入れずに一日ホテルで滞在と決めていましたが、空は晴れていましたし、まだ日中ということもあって夕方からホテル周辺の街並みを少し散策しました。
飛行機で急に降り立った富士山8合目での体調は
体調は良かったのですが、クスコに到着して、ほっとしてきたのか、徐々に体が鉛のように重たくなり、頭がぼんやりとしてきました。
それもそうです、ここは飛行機で急に降り立った富士山8合目となのですから。
降り立った時から少し高山病になりそうだなぁと思っていたのですが、その症状は影を潜めるように徐々に出始めていました。
急に標高の高いところに降り立った場合、体が気圧に順応しようと浮腫んできますが、頭だけはむくもうとしても頭蓋骨が邪魔をして神経を圧迫するので、頭痛になるようです。感覚としては、二日酔いに近い感じです。
ダイアモックスという薬を日本から処方してもらって事前に飲んでいたのですが、さすがに、到着日の翌日5000メートル級のレインボーマウンテンに行った時は、1m進めば息が切れ、うっすらと後頭部辺りが時折どんより痛み、吐き気に苛まれていました。
これから続くウユニやラパスも3000m以上の標高なので、旅先が思いやられます。
高山病の状態を数値で表すと
日本ではスマートウォッチが計測してくれる標高や気圧の数値なんか全く気にしてなかったのですが、これだけ息苦しさを感じるとついつい敏感になります。
数値にするとこんな感じです。
空気の薄さは日本の3分の2くらいで、750hPa前後。それがずーーっと続きます。
当たり前ですが。
なんと言っても驚いたのが、スマートウォッチに付帯している血中酸素のパーセントです。
血中酸素とは血液中の酸素の量のことで、値は%で表し、血液中の酸素の濃度が満タンだと100%、正常値で99~96%と言われています。
スマートウォッチについている計測機で測るとここでの私の平常値は86%前後です。これは何を示すかと言うと、
96-100% :正常値
94-95% :息切れを自覚、要注意
90-93% :酸素投与が必要、入院を検討
89%以下:危険水準
という基準になります。
まぁ、あくまでも参考ですが、日本では、これでぶっ倒れたら救急搬送、看護師さんが「動かないでくださいね!会話は控えて!」と酸素マスクを装着してベッドで寝かせてもらえるレベルだと娘に聞いたら、さすがにくらっときました。
実際に、到着直後ぐらいから私の唇は真っ青で血色も悪く、薬の副作用で手足には痺れも出ていました。
更に思考能力の低下を体験
また、これだけ酸素が薄いと思考能力の低下ってこういうものかと、初めて体験しました。
娘と同室だったのですが、お互いベッドで横たわっていて、ちょっとものを取って欲しかったり電気を消して欲しかったりするような、ささいな依頼でも完全に無視されたり「後で!」と言われたりします。
こちらもこちらで、娘にそう言われるとイライラきてしまうので、「もうなんでしてくれへんの?!」とつんけんした返事になってしまうのですが、よくよく考えると、お互いが高山病にかかっているため、相手のことを思いやったり、考えを推しはかったりすることが出来ないほど弱っていたと思います。
例えば、スーツケースの中の物を取ろうと下を向くとふらふらして気分が悪くなったり、スッキリ感が全くなくボーっとしているのです。難しいことを考えることが億劫になっていて、言葉も単語を発するだけが精一杯の状態でした。
娘から見ると、遂に母親は、若年性アルツハイマーになったかと思わせるほど、文脈がない単語を突然発していた様です。
これでは、相手に上手く伝わる訳はありませんね。
ともかく、これから続くであろうこの状態にいつになったら身体が慣れてくるのか不安でいっぱいでした。
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