近露王子での朝、私は熊野古道2日目の第一歩を踏み出した。
道湯川橋バス停までバスを利用し、巡礼路に合流する。振り返ると、朝早く出発すれば、このショートカットは不要だったかもしれない。しかし、無理は禁物と考えた。
山道での怪我を避け、夕暮れ前の到着を目指すこと。そして何より、熊野本宮大社への参拝を清々しい気持ちで果たしたい。そんな思いが、この選択につながった。
心も軽やかに
予想通り、心にゆとりが生まれた。
雨もなんとか持ちこたえてくれて、時折の休憩を楽しみながら古道を進む。
2011年の台風で通行不可となった岩上王子跡を避け、南側の迂回路から林道を歩き、湯川一族の集落へ。そこからは緩やかな起伏の峠を越えながら、発心門王子を目指した。
国道から外れるこの区間は一気に歩く必要があったが、曇り空と心のゆとりが幸いし、道程は不思議と軽やかに感じられた。
発心門王子に辿り着いた時、大きな安堵感に包まれた。
宿のおじさんの言葉通り、ここからは緩やかな坂とアスファルト道が交差する歩きやすい道が続く。
休憩用の屋根付きベンチが設けられ、旅人を優しく迎え入れてくれる。
宿で用意してもらったお弁当を広げ、靴を履いたままではあったが、心ゆくまで休息のひとときを過ごした。
残り2時間弱。
当初の予定より早い到着となりそうだが、この余裕こそが山道では何より大切だと実感する。
体力の消耗は思わぬ事故を招きかねない。年齢とともに衰える瞬発力、バランス感覚。
転倒は重大な怪我につながり、同行者や地域の救助隊にまで迷惑をかけることになる。
「転んだら、それで終わり」—この教訓を胸に刻みながら、慎重に歩を進めた。
装備も軽やかに
今回の旅を可能にしたのは、履き慣れた登山靴と最小限の荷物だった。
出発前、35ℓと20ℓ、二つのリュックで悩んだ末、友人のアドバイスに従い軽量化を徹底。38キロの道のりを考え、20ℓのデイパックを選択した。
持参したのは必要最小限の装備のみ:
- 水(500ml×2本)
- 着替え(下着3枚、Tシャツ1枚、薄手のスパッツ)
- 防寒・雨具(レインコート、羽織りもの1枚)
- 貴重品・必需品(携帯、薬、懐中電灯、充電器)
- 行動食・衛生用品(キャンディ、おにぎり、タオル、洗面用具)
登山用の速乾性衣類を選び、民宿での洗濯を前提とした最小限の荷物で、身軽な旅が実現した。
呼ばれし者たちが訪れる熊野古道から本宮へ
2日目、いくつかの峠を越え、お昼には発心門王子に到着。そこから本宮大社までは余裕を持って歩を進めることができた。
2時半には念願の熊野本宮大社に到着。
ここは、静寂な古道とは打って変わって、にぎわいのある神域が広がっていた。これまでの安全な旅への感謝を胸に、最後の参拝。
帰路、車窓から眺める熊野古道はわずか1時間の景色に過ぎなかった。しかし、自らの足で刻んだ一歩一歩は、深く刻まれる体験となった。
熊野古道館に立ち寄り、2日間進んできた道をもう一度振り返る。
写真を見入りながら、平安の世から続く巡礼の歴史に思いを馳せる。
この道は、お金も、時間も、体力も必要とする。
しかし、それ以上に大切なのは、この道に「呼ばれる」という深い縁なのかもしれない。
千年の時を超えて続く祈りの道に、私もまた導かれたのだと、深い感謝の念を抱きながら旅を終えた。
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