座骨を骨折してから、1ヶ月が経ち、おかげさまで、ずいぶん良くなってきた。
重いものを下から持ち上げたり運んだりすること以外は、仕事もほぼこなせるようになった。背筋が伸び、前に手を出して引っ張れるようにもなった。
「やらないと」という責任感が体を動かしてくれる
毎日の温泉、サウナ、そして施設に併設してあるファミリープールでの水中ウォーキング——そういった積み重ねが、確実に体を変えてくれている。
久しぶりに犬の散歩に行った日のこと。
いつもより少し遅い、人の8割ほどのスピードでしか歩けなかった。
途中で休憩を挟みながら、ゆっくりゆっくり歩いた。
仕事では「やらないと」という責任感が体を動かしてくれるのに、夕方の散歩となると正直なところ、なかなか体が言うことを聞かない。情けないような、おかしいような。
でも犬は、そんな私のことをちゃんとわかってくれているらしかった。リードを緩めてやると、前後左右に自由にダッシュしながら走り回っている。散歩の主導権は、すっかり犬に奪われていた。
人生を10年スパンで考えてみると
先日、ブログ仲間と久しぶりにZOOMで話した。
ブログを始めたのは2014年——もう12年も前になる。
当時、いちばんの若手だったスタオバさん(ブログネーム)のお子さんが、今や中学生だという。あの頃はまだ幼稚園か小学生だったのに…子どもの成長の速さと、それ以上に時間の流れの重さを、じんわりと感じた。
「僕は10年スパンでいろいろ考えているんだ」とスタオバさんが話していた。
その言葉がずっと頭に残った。
10年前の自分は、どうだったろう。
ブログを始めた頃は、ちょっとした野心のようなものがあった。でも気がつけば、その野心は少しずつ、健康への意識に場所を譲っていた。
40代や50代の人たちを見ていると、エネルギーが違う。
競ったら負けるよね——そう感じた瞬間に、「ああ、自分も年を取ったんだな」と笑ってしまった。
それは悔しさよりも、むしろ静かな納得に近い感覚だった。
やる気よりも体力よ
同年代や少し上の知り合いが、入院したり、怪我をしたり、不慮の事故で逝ってしまうことが増えてきた。
そのたびに思う。
健康は、後回しにできないものだ、と。
子育てをしている間は、子供のためにが原動力だった。子供の将来のために、とにかく働いた。
でも子供が独り立ちした今、ふと気がつくと、次の原動力は別のところから来ていた。
迷惑をかけたくない。
子供に援助なんてもってのほか。自分のことだけで精一杯である。
でも、怪我や病気で心配や手間をかけることだけは避けたい。入院したり、動けなくなったりすると、誰かの力を借りなければならない——それが、今回の骨折で骨身に染みた。そしてその「誰か」は、やっぱり家族なのだ。
だから今、最優先課題は健康だ。
体力があれば、自然とやる気がついてくる。
でもどれだけやる気があっても、体が動かなければ、その気持ちは根元からへし折られてしまう。この骨折が、それを教えてくれた。
この10年をどう生きるか
それが、私のこれからの10年だ。
あなたの10年後は、どんなイメージが浮かびますか?
「この10年をどう生きるか」——そのテーマが頭の中で動き始めている。
答えはシンプルだ。
まず、健康でいること。健康でいられるなら、行きたい場所に積極的に出かけること。そして、できる限り働き続けること。
リタイアという言葉は、聞こえはいい。
でも仕事を離れると、気力も体力も社会との繋がりも、じわじわと失われていく気がして怖い。
70歳を過ぎたら、自然と若い人たちに場を譲ることになるだろう。口だけ出して「老害」になる前に、静かに手放していく——そのスタンスだけは忘れずにいたい。
だから今、精一杯頑張れるところまで働く。体力をつける。行きたいところへ行く。
10年前に同じことを聞かれた時、私はぼんやりとしか答えられなかった。
「こうなれたらいいな」という霞のような野心しかなかった。
でも今は違う。
死が少しずつ近くなるにつれて、できることの幅が少しずつ狭くなるにつれて、逆に10年後の輪郭がはっきりと見えてきた。
これは、良いことなのか。悪いことなのか。
正直、よくわからない。
それでも——こんなふうに言葉にできた今日、やっぱりそうなんだね、と静かに自分に頷いている。
では、良い一日を。
